第115回(1996年)芥川賞受賞作品 ★☆☆
(以下感想なので、ネタバレ注意です)
藪で、蛇を踏んだら、蛇が中年の女になって家に住み着いた。
蛇の女は、蛇を踏んでしまった若い女性「ヒワ子」の食事を作って帰りを待っている。
ヒワ子は、気味が悪いと思いながらも、食事ができている有難さから、ついその食事を食べてしまう。
蛇の女は、ヒワ子を「蛇の世界」に誘う。「あたたかいわよ」と。
ヒワ子はその誘惑に耐えながらも、蛇の女を追い出すことができない。
読み終わって、よく意味がわからなかった。
けれど他に収録されている「消える」「惜夜記」も読んでみると、なんとなくわかった。
人間が消えたり小さく縮んだり、馬になったり体から茸が生えたり。やはり気味が悪い。
でもこの気味悪さは、人間が蛇や馬や茸になったり人間に戻ったりする気味悪さではなかった。
生々しいのだ。人間の動物としての本能、欲のようなものが、具体的な動物の姿で表現されていた。ヒワ子の体に巻きつく蛇は、ヒンヤリぬめっとした肌の感触を生々しく想起させ、それは官能的でもある。
「理性を持った動物」としての人間と、「ただの動物」としての人間とのはざまでの葛藤を描いていると考えると、個人的にはしっくりくる。
芥川賞受賞作の「技巧派」「心に訴える派」の2タイプ(と勝手に分類している)では「技巧派」タイプ。