あんのよしなしごと

三谷幸喜さんの作品の感想、本の感想、映像作品や音楽の感想などをつづったブログです。

『羊と鋼の森』 宮下奈都

ピアノの調律師という仕事は、なんて素敵なんだろうと思った。

17歳の外村少年に唐突に訪れた、一人の調律師との出会い。高校の体育館にあるなんでもないピアノが調律師の手によって「森の匂い」がする音を出す。そして、調律の様子に心を奪われる。

その音に導かれ、ピアノにも音楽にも無縁だった青年が、調律師となる。

仲間の調律師たち。一般家庭の調律でも、お客さんの要望に真摯にこたえる先輩もいれば、お客さんの「ピアノの実力」以上に精密な調律はせず、一律に済ませる先輩もいる。

調律を頼むお客さんもいろいろ。でも一般家庭でわざわざ調律を頼むということは、「これからピアノを弾こうとしている」という未来志向の表れ。そう考えると、調律師という仕事は、ピアノと、それを弾く人や家族の新しい未来のきっかけを作っているともいえる。

そういえば私の実家のピアノも、母が毎年調律師に調律してもらっている。私が小さい頃に買った時からずっと同じ調律師の方。最初は調律師になりたての若者だったその方は、今ではすっかり大ベテラン。実家のピアノはもうほとんど弾かれないのだけれど、変わらず毎年調律師さんに調律をお願いする。その母の行為は、未来に何かをつなげようという意思なのかもしれない。

調律師になった外村が調律師ととして最初に先輩の付き添いで訪れた家庭で出会ったのは、10代の双子の姉妹。才能ある彼女たちのピアノ。

師や先輩に素直に聞き、お客さんの反応にもしっかりと向き合い、地道に努力を積み重ねていく外村青年。

試練に向き合いながらも、ピアノに真摯に取り組む姉妹。

外村青年と姉妹の成長の過程が、ゆっくりと、でも着実に感じられて清々しい読後感。

ところでタイトルについて。羊は、ピアノの鍵盤から繋がり弦を打つ(音を出す)ハンマーのフエルト。鋼はピアノの弦。そして森は、音を生み出すピアノそのもの、ということみたいです。

 

羊と鋼の森

羊と鋼の森